あ り が と う ご ざ い ま す
ま、その……ここが、どんなブログなのか、キラキラした旅行先も、ショッピングも、リア充生活も書いてない、
なにがなんだかワケワカメな方もいらっしゃったら、すみませんが、一番上に固定している紹介の記事を読んでください。
それでもワケワカメな方へ。
発達障害の話を書いてます。
自由と独立の旗を振って、救われたい当事者付いてこーい は、やってません
むしろ、付いていくカリスマみたいな役割をする人が、いなくなった時代になったので、私たちは糸の切れたタコになっています。
手帳がある重さの人たちは、支援の目があります。が、私のようなグレーゾーン当事者は、人が距離を取って離れていくばかりで、理解ある見守りすらも目がありません。
だから、自分で自分を常に注意深くモニターして、なにかヘマをしないか見張っていなければなりません。
社会に適応するには、認知のケア、身体のケア、自尊心のケア、過集中し過ぎる『脳』のケア、ありとあらゆるケア項目があります。歪ませてはいけません。
ケアを忘れるとある日突然「起きれない……」と、メンタルがボキボキに破壊される日がやってきます。
そんな、高リスクな社会適応だというのに、グレーゾーンも含めて、私たちは65歳以上まで働かされることに勝手に決まってしまいました。
その前にも、約20年前、メチルフェニデート成分のリタリンが、遊びで使う人たちがいるからと、代替え策も無いままに、某国会議員さんがサクサクと処方停止にしてしまうという歴史がありました。
リタリンにすがって働いていた人の中には、命をいたましいことにした事例もありました。
保護者や支援者が声を上げ、子どもにはコンサータが処方開始されました。
しかし「大人の発達障害っていないから」と扱われ、私たち、大人の当事者は『存在していない』生き物になった年数がありました。
それなのに、屈辱を受けたのに、私たちは、結束して声を上げるすべも無くなりました。どうして?
すべはありません。でも、意志も失くしたのでしょうか?
60まででも働くのがつらかったのに、もう5年追加??? しかも働かないと低い年金額が、この世とのお別れまでずっと続く。
救世主的に付いていくとか、依存するとか、そういう対象を作るとメンタルや認知が危険になるのは私たちの陥りやすい失敗の一つ。特性の弱いところです。
糸の切れたタコが、タコに「引っ張ってってー 人生の責任取ってー 承認してー 」と体当たりしていったって、無理なものは無理だったということが、検証されたような年数がありました。
でも、だからってなにもしなくなる、できなくなるのは人間としておかしいと考えます。
あとからあとから、つないでくれる糸も無い子どもや、若者が育ってきてタコになってさ迷っている。
糸が無い代わりに、会う大人、会う大人にカメレオンのように『自分』を変え、適当なことを言い、トー横のような場所で危険にさらされて生きる、潜在的な当事者の可能性があるタコの子たちも未知数の多さで存在します。
『自分はそもそもなにに苦しんで『発達障害』を知ったのか。人生でなにを取り返したいのか』を、個人でも忘れないようにする自己責任みたいなものもあります。頭を乗っ取られていたら元もこもないでしょ。
片足の軸は常に自分のヒストリーに置いておくための、自分の使いやすいSNSを持ちながら、ネット活動をしたら良い、という意見を私は持ってます。
そういうのを問い続けたくて、書いていないと具合悪くなるぐらいなので、遠吠えを書き続けています。
たぶん、そんなブログです。
【第8回】 コメント受付DAY
『お題』あります。
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ラベル:夢、映画、雑談