部品の名前、知らないんですよ。でも、存在は知ってるでしょ。
ドライヤー、使ったことある人なら知ってるでしょ。
ドライヤーを、ふと壁にぶつけてしまった。
その時に、外れて、落ちて、消えた。
なんで消えるかは過去に書いてきたとおり。ネットでもたまに日本語を使う当事者の人たちのどなたかに、愚痴られてるとおり。
動作指数が低いから、目で追うことも間に合わなくて、消えたとしか感じようがなくなる。
見つかるまで、頭に浮かんでしょーがないんだ。なにかにつけ思い出していた。気持ち悪い。
結局、消えた場所から方向違いのところから出てきた。
今は、ぶつかって取れてもぶら下がってるように、セロテープで止めてる。
でも、取れるものなのに、なんで要るんだろうね。
一般の普通の人たちは、ドライヤーを何年も使い、構造を知ってくると、若いうちに自然に分かるようだ。
私はそもそも気にしなかったから、長年分からなかった。
かなり年がいってから、風をピンスポットに当てるためなんだとなんとなく分かった。
発達障害は、言語化
不足している言語化
初夏
そして、電気代を節約が推奨されていて……。
じゃあ、みなさん外出
飲食店に行列が発生している。野良がとにかく苦手
行列分の時間を逆算したら、早く家を出てお出掛けしなくちゃならなくなるでしょうがー。
って、結局私も出るんだよ。
出ないとね。食材をうまく長期に取っとくのは難しくなるから。保存の失敗をやりがちだから、
長く取っとき過ぎて存在を忘れるとか、ついには痛ませるとか。もったいない。
だから外で食べたほうが安全で。
ぜいたくな悩みだよ。
私もきっと外に出たいもんなぁ…。この夏、外で、公共交通機関の中で、スマホポチポチして下書きを書き溜めしちゃうよなぁ。
社宅、エアコン無いもん。
人の中へ結局出るんだ。そういえば、親元に4回目のワクチン接種券が来たそうだ。
私もいずれ、4回目打つんだろうなー。頑張るの疲れたなー。
でも、自分で接種会場を調べて、聞き集めて、検索して問い合わせて、をするよりは、ありがたいこと。
母親に残ったトラウマのようなものがある。
約20年前、私が一番目に所属した当事者会みたいな当事者集団から、方向性の違いで離脱した時に、
それでも実家に帰らなければならない時、というのは季節が巡るとたいていの独身者に来るものだが、
私はすこぶるメンタル不安定になっていた。
親元という場所は、言語化
「リラックスできていなければならない」
「強迫神経症状はは禁止」
「親を安心させられるほど人間が出来上がって生活も社会性も安定していなければならい」
「不注意で動揺してキャーキャー騒いではならない」
「❝外面❞ を習慣として仕上げていなくてはならないけれど心塞ぐのも禁止」
そんなものを、当然の、暗黙の、常識として求められる。
こなせなかった…
全然そうできなかった。
社会性出来上がっていない💥 社会で評価されていない💥 放置されても情報が無いからそれがどういう沈黙なのかさっぱり分からない💥
だから人になにか言われると人の口がパクパクしてるのだけ認識できるけど、なにかコミュニケーションしなきゃならないのを認識できるけど分からないから脅されたように怯えたり騒いだり嘆いたり固まったりして、コミュニケーションそのものが成立しないこともあった頃だ。
人に承認されないと、人の気配が無いと、力んだ力が全然抜けない頃だった。睡眠も狂って行き、人に頼らないと、脅されているような反応が抜けなかった。忘れない。
私の回りにも、主語を飛ばして話したり、私の立たされてる立場を踏まえないで話しかけてくる人たちばっかり。
すでに『発達障害』の診断は受けられてインターネットにつないでいた時であったけど、私になにを話したいのか分からないことを書いてくる人たちの方が多かった。
お相手さんが善意はあっても、人と話せば話すほど、ご自分の話が通じて共感してもらえたらADHD特有の集中力を切らして終わりになってしまう。
それでも自分たちの将来を信じて、頑張ってお相手側を汲み取ってあげて、現実のリアルでもネットでもどこでも辛く頑張らされていた頃だった。
私は不安定だった。忘れない。
自分で自分を評価するなら、不合格だった。
アラフィフの今に話を戻す。
ご近所で、おにぎりも、お菓子
私は行こうとした。
母からの声が飛んだ。「いくら寂しいからって変なところに騙されたら駄目だよ。」
当時の、助成金手続きしてあげます詐欺ン億円、だっけ? そういう詐欺が心配だと語っていた。
「寂しい」母親の記憶に残ったのは、ここだった。
約20年前。
私の発達障害が分かり、身に付けたら『普通』扱いされる知識がたぶんどこかに山のようにあって、私には必要だけども、どこもかしこものらりくらりして、それよりは違うことがしたい人たちで、人それぞれ自己都合があって、私に通じる言語化
私が「寂しい」ことで傷を負ったことが、母親には今でもトラウマになったのだ。私はそうとらえた。
改めて私は怒っている。自分と社会に💥
もう大丈夫だよ、と言えるほどまでに、私はまだ、手に入れられなかったものを手に入れていない💢
🎥
『エルヴィス』
※少々ネタバレ含みます。すみません。
E,Pは、ブルブルリズムを取りながら歌うスタイルが「禁断の果実」と呼ばれるほどに、女性ファンにウケてしまった歌手でした。
映画の中では、このブルブルするスタイルをするか、しないかが運命の分かれ道、みたいに扱われていたと感じましたね。
そのブルブルにも参考にする場所があったんだけどもね。なるほどね。
それに加えて、声ね。バリトンの利いた低い声から、中音の中でも高めの声にブンブン変えることで、聞く側は感情も一緒に振り回される。
振り回されるのがまた快感
そこにビブラートも効かされたら、もぉね、………ファンはトランス状態になって、あんなこと、こんなことしちゃうっていう、ね。
「禁断の果実」でつながっちゃあ、ね、想像を超える不健康な事態にもなる。
アメリカ国内ツアー、1日1か所。飛行機の中で、専属医師に処置してもらって寝る。処置の内容は明らかに字幕に出てない。アメリカ、広いもんね。飛行機で移動は分かる。寝る時間ぐらい時間が掛かるのも分かる。
たぶん、睡眠薬。注射でブスっと。錠剤もパクパク飲まされてた。覚醒剤か??
家畜かよ💢💥 ダメでしょ!?
薬で眠らされては歌わされるって
年下の嫁さんと娘にも恵まれたのにね、ファンに歓声をもらっていないと「寂しい」ゆえに、ひどいことになっていく。
「大佐」は巨大ホテルと契約結んでしまうし。E,Pを歌わせ続けたらお金が入る。E,Pはマネージャー「大佐」にも本音は頼りたい。優しくされたら嬉しい。自分のためにならないことは解かっていても。「大佐」巨漢でも魅力的だもんね。
なら薬抜けないよ。幻覚も見るよ。理性不足したら浪費も治らないよ。嫁さんと娘も出て行くよ。
むかしのライブコンサートは、ステージ終わりに嫁さんを紹介しても良かったのね。日本じゃあまり無いかもしれない。
50年前なのに、アメリカは、離婚した後も配偶者に娘を会わせることも普通にしていたのね。普通じゃ無かったら、取材にすっぱ抜かれたりして大騒ぎになっていたかもしれない。そこはアメリカは進んでいたのかな。
E,Pの早じには肥満、と聞いたことがあったけど、映画見る限りは、薬。
薬の原因は、「寂しさ」。承認欲求。
スカウトを受けないで、アメリカの目立てないところで歌っていれば良かったの??
ま、人気が出たら、アメリカならどこで歌っていてもスカウトは来るでしょ。
マネージャー「大佐」の演技もすごかった。存在感無いとこれはこなせない。トムハンクス、こんなにお太りになられていたのね。心臓が心配…。
外国にもツアー、行きたかったんだ……。「大佐」の手が届かなくても、一回ぐらい行かせてあげれば良かったのに…。
日本にも来たかったんだー。来れれば良かったのにね。
人生を終えてしまったのは1977年か……。野良が物心ついたかどうかの時ね。賃貸住宅の壁に大きな落書きをして怒られたら泣くだけじゃ済まなくて嘔吐、だそうだけど覚えてないや💧
「寂しさ」の取り扱い。
これからの時代は、日本の労働者の3分の1が独身者になっていくんだと。(もうなってる?)
過去の時代を参考にしていても、安定して幸せにはなれない。
ど う す る よ ?
消費で埋め合わせていたら、お金が消えていくよ。
才能があって、承認欲求を埋められても、それでも人は中毒依存になるよ。
特に、私たち軽度当事者たちは、「寂しさ」に弱い。何か嗜癖に手を出すのもそうだけど、抱え込んで抑うつになってメンタルやられる。日本人だもんね。奥ゆかしくて慎ましいもんねー。
だから、早くから手を打つことは必要だと思う。
がん検診のように、支援機関のチェックもありだと思う。
一般企業には、ストレスチェック制度みたいのも入ってきて、ストレスマネージメント?? コーピング??
部外の人に頼りましょうとか、たまに早く退勤しましょうとか、感情を言葉にしてぶつけましょうとか、割り切りましょうとかあるのは一応知ってる。
基礎知識にはなります。
一般の普通の人たち向けの方法ですよ?? 足りますか?? 空腹に例えるなら、腹が満たされますか??
私は足りない。
だから、コーピング的なことは、一般の基礎知識、教養としては覚えても、それとは別に、
私たちに合った、もっと効きの強い方法を必要としていることは自覚する。
でないと、足りなかったときに落ち込んでしまうし、もっとひどいと、足りない、立ち直れないことに罪悪感を感じて、近くの人に相談とかしてしまうかもしれないでしょ。
近くの人は、ここに来てくださっている皆さんほど、『発達障害』知らないよ? 混乱させる。がっかりする。先方にもがっかりさせる。
私たちはもともとリタリンに始まり、コンサータみたいな薬にたとえ一時的にでも頼って、やっと崩れた人生を保ったり、立て直したりできる生き物なのですよ。
一般の普通の人たちには想像力が及ばない、混乱と「寂しさ」の世界を、私たちは見せられるんです。
見たくないけどどうしても見せられるんです。
なぜなら社会には人がいて、人が自分と違う働きをしてるから、社会が成り立つし、社会に頼って私たちも生かされてしまうからなんです。
だから社会にべったり癒着して、はめ込まれて生きてしまうしかないし、はめ込まれたら二次障害の病気になります。
せめて病気になる理由は、私たちは自覚する人権がある。
知らないまま、というのは自分で自分を痛めます。
私は知りたい。いっぱい知りたい。
解決の仕方がまだ分からないけど、知りたいんです。
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